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コラム [ 日記 ]

DATE : 2020.05.05

GW気まぐれコラム4

話は変わって広報の母方の家系の話し。

父方がスポーツ家系ならば、母方は芸術家系。
母は美術が好きで、密かに今でも自分で描いた絵を送ってくれる。
私の母方の従兄弟はずっと某高校で野球で進学するぐらいのスポーツ万能な男でした。

高校を卒業すると『バンドをやっている』と母から聞いていたので、趣味程度にやっているぐらい考えていたら、かなり本気だった。数年後にとある名古屋のテレビのテーマ曲を歌う某HIPHOPグルーブの元メンバーだったという事を知る。そして当時はそのグループのマネージャーをしていた。

滅茶苦茶仕事熱心で、働きすぎて内臓を悪くするぐらいの従兄弟。最近になって仕事で共通の知り合いから従兄弟の近況を聞くと従兄弟は今、某人気KPOPアイドルグループのマネージャーをしてかなり多忙にしているそうな。

そんな従兄弟とはもう暫く会っていないが、いつも刺激をもらっている。

続く。


DATE : 2020.05.04

GW気まぐれコラム3

中学入学した私は2つの誓いを立てた。
・勉強をする
・強くなる
そして部活を選ぶことになる。
強くなるという事で武道場へ見学へ行った。

一階が柔道部、二階が剣道部という建物に入ると、当然最初に入ったのは柔道部だった。
中は練習中なのか、汗と春の暖かさも相まって、かなりムンムンしていた。
道場内では横四方で抑え込んでから逃げる限定の乱取りをしていた。

当時の私はというと素人。『何だか抱き合って暑苦しそう』としか思わなかった。
そして柔道場を後にして、剣道場へ行くと試合形式の練習をしていた。柔道とは違い、換気もしてあったせいか何だか涼しかった。先輩部員が私に気づくと面を外し、爽やかに部の雰囲気を説明するじゃないか。

私は剣道部に入ろうと心が揺れ動いた。そして、その心を持ち帰って帰路についた。

家に帰り、考えた。『剣道は竹刀がないと戦えない』、私の目標の強くなりたいとは単純な腕っぷしの強さも入っていた。当時の私の地区はヤンキーと言われる人種も多くいた中学校だったため、強さとは護身の意味もおおいにある。

考えた末、私は入部届に柔道部と書いて、正式に柔道部員になった。
入部した一年生は全員柔道経験なしの素人が7名、最初から柔道着を着るという事はなく、一年生はジャージ姿で3時間後ろ受け身をした。今まで家でゲームしかしてない運動不足の身体に、後ろ受け身3時間は相当堪える。

最初の練習を終えると、受け身のし過ぎで真っ赤になった手のひらの見つめて、何故か笑みがこぼれた。
なんだか生きている感じがしたのは覚えている。
そして私は更に目標を立てた。
・練習は休まない
・柔道で高校進学する
そこから私の柔道部生活、今になって思えば格闘技人生の幕を上げた。

続く。

DATE : 2020.05.03

GW気まぐれコラム2

小学校に上がった私はビックリした事があった。
何故か皆が勉強している。小学校は普通に学力がなくても、学年が上がっていく。
だから勉強なんて必要ないと思い、全く勉強をしなかった。

そして当時の私は思い通りにならないと暴力に訴えるところがあり、気が付いたらいつも孤立していた。
小学校では給食の時間に好きな子とグループを組んで食事を食べるというのがあって、いつも一人ぼっちになるから苦痛で仕方なかった記憶がある。

今だから言えるが、勉強は絶対やったほうがいいし、暴力は一番最低のコミュニケーションだ。
そして誰からも理解をされないという経験あってか、一人が好きだし、孤独にも強くなった。
そんな感じで私はとんでもない問題児だった。皆も私の事が嫌いだったし、私自身も自という存在が大嫌いだった。

そうなると自然に私はいじめに遭う事になる。無視をされ、時には暴力を振るわれ、上履きがないと思ったら便器に突っ込んである事もあった。
いつも震えて泣いていた。いつも人のせいにいしていた。

けど、自分ではわかったいた。自分に原因がある。そして全てにおいて弱い人間であるということを。
強くなりたい。変わりたい。自分を好きになりたい。
そう強く願い、私は小学校を卒業した。

続く。



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